2018年09月03日

叫び‥尾崎放哉⑶

一高時代に酒の味を覚えたにしても溺れるまではいかなかった?東京帝大・法学部だもの、父親に続く夢を見続けていた放哉だったのか‥。

(大学時代)
木犀に人を思ひて徘徊す
木犀(もくせい)。放哉の時代なら銀木犀‥かな。控えめな花と香りは当世ふうでなくても、恋に恋する放哉の時代性を想う。見上げれば「頑張るのよ」って望月(もちづき)が足元を照らしてくれている。

いぬころの道忘れたる冬田かな
草が少ない冬田の土はゴツゴツしてて物悲しく淋しく想えませんか?そこに途方に暮れたふうなワンちゃん‥ゐるよね。ワンちゃんに感応して放哉もまた己の居場所を見失ってしまったの?父親へ続く道?それとも温かい家庭へと続く道を想ってるの?ひとり、ぽつんと取り残された寂しさ‥。

放哉の周りの誰も‥非個人的関係を変とも間違いとも思わないの?僕は此処だよーって叫んでる心‥届いてない?そんな放哉の想いが伝わってくる一句。この句を「美味しいか?美味しくないか?」って捉えるのは科学(権威)の仕事なんだよ。科学は大事。だけど詩人の私は哲学を忘れたくない。
 
あの僧があの庵へ去ぬ冬田かな
いいなあ‥そんな放哉の想いが伝わってくる。いぬころにも自分(放哉)にも帰るべき宿(終の住処)は定まってなくて、修行僧には安定した生活があるってのに、、うらやましいなあ。わびしいなあ。遠ざかっていく僧の背中に、放哉はそんなことを想った‥!?

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型枠を外す気分になったのは私は最近だが、放哉のほうは卒業で型枠を外した‥かな。不定形・無季に変えたみたい。それで自由になったか?順番を誤まっては苦しむよ。自由律から自由な心が生まれるのではないよ。自由な心が自由律を活かす。そうだろ?異見はなかろ?

(社会人時代)
海が明け居り窓一つ開かれたり
環境(=客体)に引きずられるのは、可能ならば出来るだけ若いうちが好い。窓が開いたのは嬉しいだろうけれど、窓を開ける放哉に安心できるんだよ‥そんなことをこの句に感じる私。私が窓を開けることで幸せになる誰かがいて、それは私にはとっても嬉しいこと。窓を開けても誰も喜ばなければ開ける喜びも放哉に齎(もたら)されない。

社会人になるまで誰もそのことを放哉に感じさせてくれなかったのかい?だったらその放哉に厳しいことは言いたくない。言わないことで非個人的関係は保たれる。だけどそこを敢えて言うべきじゃないかな?個人的関係(個人的に情を通わせるの)が厭なら、初めから仏面(ほとけづら)して近づいてくるなよ。私ならそう罵りたいところ、だが私も気が弱いからね。ああ、イカン、イカン。

芽ぐめるもの見てありく土の匂
ものみな私(≒放哉)を寿ぐか、それとも見せつける者たちか?そんなことはどうでもいい‥か?観る角度は人それぞれ。観た‥それでどう応ずるか?「俺の天下だあ~」も分る、「俺はやっぱり駄目だあ」も分る。天下を取った気分は分るし、ダメな己を慰めてほしいのも分る。だが、そこに君は不在だ。

己不在の(スタートを切った)放哉‥己を見失うというか?己がゐないのだもの。虚しくもなるだろ?そんなことも教えてくれる真の友人はゐなかったのか?私には毎日毎日厳しい応えが返ってきているよ。非個人的関係は自由なようで、じつは見捨てる関係でないか?そんなことをこの句に思った。

ここまで放哉の社会人までの句を粗々読んで、放哉の悲しさ・辛さ・甘えなど、いろいろ見た。このまま、社会から脱落しても周囲が己の悩みのように受けとめたなら放哉も過ちに気づくことは可能。反省もやり直しも全ては当人が願わなければ実現しない。そう思うと赤ちゃんの本能に見習いたい。

赤ちゃんの本能を取り戻すために私のビオへの対応は赤ちゃん並みで、もう10年ほどになる。ビオは私の赤ちゃん返りの場‥。おかげで失敗失敗の連続ですけれど。😅

尾崎放哉の叫びはここで終了です。お付き合いくださり、ありがとうございました。


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叫び‥尾崎放哉⑵

放哉は一高(東京)に入学したという。語彙も増えて句作りのテクニックも上達しただろう。もちろん、それが良く作用するとばかりは言えないけれど。兎に角、一高時代の作から一句選んだ。

(一高時代の句)
酒のまぬ身は葛水のつめたさよ
この句は二句一章として「酒のまぬ身は / 葛水のつめたさよ」で良いでしょう。実直な父親の目の届かない東京での一人暮らし。その東京で真面目に育った放哉は酒を口にしたようだ。この句のは放哉自身でないとは言わないが、酒の場をともにした人物が窺がえる。また句の身は肉体の意味ではないと思う。身を御身と見たらどうだ。酒を酌み交わすときは熱き血潮が燃え上がり・意気投合する感じだ。そりゃあそうだろう。意気投合しない仲なのにそれでもともに呑もうとするならそれは友より酒が目的だろう。御身は「あなた」の意だ。そう捉えると普段はそっけない態度の相手ということになる。そいつは誰だ?荻原井泉水かな?そんなことを想った。

次回は「東京帝国大学の時代」の句を予定しています。


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2018年09月02日

叫び‥尾崎放哉⑴

今回の教材は、咳をしても一人尾崎放哉(1885年~1926年)。出自:士族。鳥取地方裁判所の書記官の次男。荻原井泉水(1884年~1976年)は一学年上で、一高以来の仲。種田 山頭火(1882年~1940年)は同門。

容易に答え難い質問・応答を好む禅問答なんだと捉えている私ですが、若き日の放哉の句が禅問答に見えないのは彼が禅宗に無関係だったからの気がする。裁判所の書記官の父親のもとで育った放哉が描く父親像として謹厳実直な雰囲気、つまり正直で真面目に生きる姿勢を想像する私なのです。

(中学時代の句)
水打つて静かな家や夏やなぎ
公務員・官僚の家の雰囲気が伝わってくる。水は家に打たないから、打ったように静かだなあと私に聞えてくる。これが庭に打ち水したのであれば水を打たなければ賑やかな家ってことだし、しかも季重なりだ。おそらく放哉の実家は水を打たなくても静かだったのだ。女っ気があれば賑やか‥かも。

よき人の机によりて昼ねかな
よき人は父親か兄か、あるいは母親なのか、はたまた放哉自身か‥とにかくよき人。その情景はよき思い出として放哉のなかに深く刻まれることだろう。

(追記)放哉の兄は幼いときに亡くなっているらしい。ゆえに、この句の「よき人」には当たらない。

欄干に若葉のせまる二階かな
世界は輝かしい光に包まれている。栄光と捉えてもいい。放哉までもう少し。いやいや、祝福を肌で感じている?夢いっぱいでいい年代なんだよね。

行春や母が遺愛の筑紫琴
大好きな母親が弾いてたお琴だもの、放哉はいつまでも忘れられない。中学生までに亡くしたなんて早過ぎるよね。だけど悲しみに引きずられたら駄目だよ‥強く励ましてくれる人の第一番が母親だったのだから替わりは誰にも勤まらない、、だけど悲しみに負けちゃったらお母さんがもっともっと悲しむよね。中学生の放哉にとって非個人的関係はやっぱり厳しすぎる‥私にはそう想われる。


次回の叫び‥尾崎放哉は、一高時代の句を予定しています


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